【事例検討】意思決定支援 ~家族の本当の思いに気付く~

目次

患者のケアや看護につまずいた時、事例を知ることで学べるものがあります。

今回は、患者さん本人の希望と家族の希望が異なった場合の対応について考えていきましょう。

登場人物

Tさん

70代男性。アルコール性肝障害からの肝臓がん末期、余命数か月と宣告。

妻と息子2人の4人家族で、現在は妻と2人暮らしをしている。

入退院を何度も繰り返していたが、病院、点滴や注射が極端に嫌いで、本人の希望により積極的治療はしないことが決まっていた。

 

キーパーソン。夫との関係は良好で、毎日面会に来院。

病院や点滴が嫌いなことはよく理解していたが、それでも少しでも長く生きて欲しいと献身的に介護を行っていた

毎日の来院、長期の入退院の繰り返しで、看護師とは何でも話せる関係性を築いている。

 

息子達はそれぞれに家庭があり、仕事も忙しく、面会に来たことはほとんどなかった。

 

患者本人の希望と妻の思い

Tさんは食事摂取量が減り、体動も困難になってきていたものの、毎日面会に来てくれている妻とはいつものように痴話喧嘩をする様子がみられていた。

そんなある日の夜、Tさんは「眠れない」と訴え、頓服の睡眠薬を服用して朝まで入眠した。

起床後も食欲がないため、朝食はほとんど摂取できず…。

朝のラウンドでは、声をかけると返答はあるものの、傾眠傾向であった。

昼食は妻がなんとか食べさせたものの、傾眠傾向が続いた。

心配した妻から、「点滴をしてくれないか」と希望があったが、Tさん本人の意向から点滴はしないことが決まっており、主治医からの点滴指示は出なかった。

その後、夜勤帯でTさんが急変したため、主治医と家族に連絡した。

Tさんはその晩、家族の見守る中永眠された。

妻は泣き崩れ、「昼間に点滴をしてくれていたら今もまだ生きていたんじゃないですか!」と怒りを露わにした。

 

意思決定の難しさ ~家族が理解してほしかった思いとは~

主治医は「Tさんのご希望により点滴も積極的治療もしない方針でした」と説明するが、妻は納得できる様子ではありませんでした。

看護師は急変の対応に追われ、妻の怒りにも圧倒されるばかりでした。

Tさん本人の希望を優先したことが妻の怒りにつながってしまい、看護師は「どうすればよかったのか」「妻の言う通りだ」と感じ、言葉が出ませんでした。

 

妻は、看取りのとき何を感じていたのでしょうか。

何が、怒りの原因となったのでしょうか。

 

本当の思いに耳を傾ける

看護師は妻の言葉を受け止めた上で、今までの面会や介護をねぎらう言葉をかけました。そして、妻の心残りについて話を聴きました。

妻からは「もっと一緒にいられると思っていた。私は最後まであきらめてほしくなかった…。」という思いを聴くことができました。

 

看護師は、妻の思いを聴き、その気持ちを汲み取れなかったことを謝罪しました。

そして、Tさんが日ごろから妻に感謝をしていたことを伝え、Tさん本人も意思決定通りに最後を迎えることができたという事実を伝えました。

 

そのうちに妻も落ち着きを取り戻していきましたが、家族の思いが取り残された看取りとなってしまいました。

 

学びのポイント

今回は、終末期の患者さんが急変したことに伴い、患者本人の意思に反して家族の気持ちが大きく揺れた事例でした。

 

・事前に意思決定を行ったとしても、直前で患者さんや家族の気持ちが揺らぐことは珍しいことではない。そのため、体調が変化したときなど、何回も本人・家族と話し合いを重ねることが大切。

家族から本人と違う希望が出るのは、家族からの大切なサイン。そのサインを見逃さない。本人の希望にリスクが伴うのであれば、それを家族と一緒に確認し、今できる最善のケアを考えていく。

・看取りに際して思いが取り残されることは、その後の家族の悲嘆にも影響する。家族の会話や普段の様子から思いを汲み取り、よく確認していくことが大切。

 

現在は、在院日数の短縮化により、ゆっくり患者さんや家族の思いを聴く間もなく、意思を決定しなくてはいけない場面もあると思います。

家族の数だけ思いがあり、「何が最善なのか」と医療者が常に自問自答し続けることの大切さを感じました。

終末期ケアでは、意思決定支援は避けて通ることができません。

一人ひとりの意思決定を支えるには、さまざまな視点を持ち、そのプロセスを深く理解する力が求められます。

 

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